我々人類にはまだまだ未知なる世界が存在します。足を踏み入れることすら困難な宇宙空間や深海、顕微鏡でさえ見ることのできないほど微小な量子力学的スケールを持つ世界など、その枚挙に暇がありません。さまざまな物理現象やその工学応用によって創られる新たな技術が、未だ見ぬ明日への扉を開き、好奇心と探求心を駆り立てます。まさにロマンと言えるでしょう!
18 世紀 英国の産業革命における蒸気機関の発明によって生活環境や文化は加速度的に変化を遂げ、現在に至るまで人類は工業化の道を歩んできました。その基盤とも言える輸送技術の進歩は特に目覚ましく、内部・外部流班の興味対象でもある船舶や鉄道、自動車、航空機を経て、現在では人工衛星や宇宙ステーション建設を目的とした超高速宇宙輸送にまで展開しています。さらに、火星への移住計画やはやぶさに代表される小惑星探査と、未来への道程に世界中の多くの人々が心奪われ関心を寄せています。
我々の班では高速流動現象の物理的な解釈とその工学応用に関して、コンピュータによる解析技術を道具として駆使し、様々な研究課題に取り組んでいます。学生たちは互いに協力しながら切磋琢磨し、修士論文・卒業論文の完成を目指しています。日常的に教員と議論を交わし研究の理解を深めることで、学生個人個人の能力向上を目指した活動を行っています。
以下、学生さん個人の研究についてご紹介します!
将来型低燃費・低騒音機体コンセプトとしてエンジンを機体上面・後方に配置する事により、機体による遮蔽効果により大幅な低騒音化が期待されています。さらに、機体表面に発生する境界層をエンジンに吸い込むように設計した、境界層吸い込み (BLI: Boundary Layer Ingestion) エンジンを組み合わせることで、機体表面に発生する境界層をエンジンに吸い込み、機体抵抗低減・推進効率向上により燃費の改善を図る事が期待されています。その一方で、乱れた境界層を吸い込むことにより、エンジンファンから生じる騒音増加が懸念されており、境界層の厚みや乱れ具合によってその影響が変化します。
本研究では、これらの現象について解析し、BLIエンジンの騒音増加に対する課題解決に寄与するため、JAXA CFD解析ツールであるFaSTAR-move-AEの非定常RANS計算法を用いた数値シミュレーションを用いてBLI形状における単一エンジンナセルのファン流れ場解析を実施し、音響解析を行うことを目指しています。
近年の鉄道車両の高速化は著しく、その一方でさらなる高速化に伴う安全性の向上が必須となります。特に地震など大規模災害を想定した場合、緊急時の減速機構の開発は非常に大きな課題といえます。従来のディスクブレーキや電気ブレーキなど線路の粘着力 (摩擦力) に頼った制動力に加えて、近年では高速化を逆手にとった空力抵抗による新たな制動方法が注目されています。ところが、これまでに検討された空力ブレーキ装置は大型のもので、客室容量を圧迫した上、重量も増加、また要求される制動力を得ることも困難でした。
本研究では、まずCFD解析を用いて小型の空力抵抗板まわりの流れを数値シミュレーションし、その抵抗生成の流動の様子を理解し知見を深めます。その後、抵抗板のサイズや形状、主流に対する角度による依存性を調査し、複数の小型抵抗板を車両上面へ配置する方法について考察し、高速車両へ要求される制動力の実現可能性を検討します。
近年進められている脱炭素社会の実現に向けて、より高い機体性能を持つ飛行機が求められており、新たな飛行機形状の研究が進められています。その一つに翼と胴体を一体化した形状を持つ翼胴融合機(Blended Wing Body, BWB)があります。次世代大型機として提唱されている形状であり、従来形状と比べて空力性能と積載体積において強みを持ちます。リージョナル向けに小型化させた場合でもBWB形状が適するのかを検討するため、流体計算と形状最適化を行い、新たなBWB形状を模索しています。
最適化計算におけるBWB形状の遷移過程 (圧力係数分布)
小惑星探査機はやぶさやアポロカプセルなどの宇宙機は、大気圏に再突入する際、極めて高速で突入するため前方に強い衝撃波が発生し、流れ星のような光を放ちます。本研究では、その発光によって宇宙機が受ける輻射加熱の定量評価を目指しています。
まず、アーク加熱風洞と呼ばれる地上実験設備を用いることで大気圏突入時の気流を模擬します。その気流中に宇宙機模型を配置して周囲から生じる発光を、高分解能かつ広波長域で観測可能な分光機器を使って高精度に計測します。
現在は、最大加熱率となるよどみ点において、全方向から入射する輻射発光を計測しています。レンズやファイバーなどの光学系を内部に組み込んだプローブヘッドオン分光という手法を用いて、よどみ点へ入射する光の強度を直接計測します。
また、はやぶさ型カプセル模型を用いたよどみ点および背面部の分光計測も行っており、カプセル型宇宙機の背面側に見られる異常加熱の原因解明にも取り組んでいます。
アーク加熱風洞気流中に投入したはやぶさ模型と発光 (JAXA/ISASにて撮影)
Mechelle5000分光器 (左) とiKon-M CCDカメラ (右)
航空機の離着陸に起因した環境問題とも認識されている騒音の低減を図るためには、音波の発生と伝播の解析が必要です。しかし、様々な音源から発生する騒音の計算するためには流れから発生する微小な渦とごく僅かな圧力変動である音波の両方を直接計算しなければならず、計算コスト (演算回数と物理メモリ容量) が非常に高くなってしまいます。我々のこれまでの研究成果によって必要な計算コストの一部削減には成功したものの、航空機の設計・開発現場に資するツールとするためには更なる計算コストの削減が求められるます。そこで、着陸時に機体と気流が干渉して発生する渦が騒音源となる機体騒音の低減を目指し、より低い計算コストとなる格子ボルツマン法を用いたコード開発を進めています。
LBMによる二次元円柱周りの渦度分布
はやぶさやスペースシャトルなどの宇宙機は、大気圏に再突入する際、空力加熱によって極めて過酷な熱環境に晒されます。そのため、アブレータなどを用いた熱防御設計が不可欠であり、設計の過程では数値シミュレーション等による加熱量の正確な予測が求められます。
予測精度の向上は、大気圏再突入時の安全性の向上や、熱防御システムの軽量化による打上げ重量の削減につながります。本研究では、流体、非平衡プラズマ、輻射の相互作用を統合的に考慮した数値解析を行い、従来手法に比べてより詳細な大気圏突入環境の再現を目指しています。
現在は、電子励起における非平衡性を考慮したモデルを用いて得られた解析結果を実験値と比較し、反応速度定数の調整を行うことで予測精度の向上を図っています。
さらに、解析可能な化学種を増やすことで、火星大気圏突入やアブレータから放出されるガスを考慮した流れを再現できるよう計算コードの拡張も行っています。
はやぶさカプセルまわりの温度分布の計算結果
NASA Ames 配備の EAST (アーク加熱衝撃波管) 実験での計測スペクトルの再現
近年のスーパーコンピュータをはじめとする計算機の飛躍的な向上により、航空宇宙分野における数値流体解析では、従来困難であった衝撃波と乱流を同時に解く問題への挑戦が現実的になってきています。
しかしながら、衝撃波と乱流が混在する流れ場に適応可能な計算手法の開発は複雑なアルゴリズムを要するため、汎用性に課題があります。
そこで、これらの相互作用を正確に解析できれば、航空機の抗力予測精度の向上によって、より効率的な機体設計が可能となります。
そのため現在は、両現象を正確に捕らえることができるような解析コードの開発を行っています。
斜め衝撃波と平板層流境界層の干渉数値シミュレーション
数値流体力学(Computational Fluid Dynamics, CFD)は、流体の運動方程式であるNavier-Stokes方程式を近似して計算を行う方法で、コンピューター上で流れを再現することができます。航空機開発ではCFDが重要な役割を担っており、巡行時の空力特性評価のほかにも機体騒音の解析などにも使われています。一方で、複雑な流れの再現や騒音解析には高次精度スキームが必須となります。また、複雑形状まわりのCFDでは形状適合性に優れた非構造格子を用いることが多いです。本研究では、非構造高次精度スキームのひとつである、直接流束再構築法(Direct Flux Reconstruction, DFR法)の計算プログラムの作成を原点として、非構造格子を使用した圧縮性流体計算コードの構築を目指しています。
非構造6面体格子を用いたsin波の3次元移流計算
再突入カプセルや極超音速機の飛行中、機体前面には強い衝撃波が形成され、それに伴って気体は数千〜数万ケルビンに達する高温になります。この高温環境では、気体分子は衝撃波直後で解離反応 (吸熱) を起こし、その後、壁面に到達した原子種は温度境界層内を流れながら冷却され再結合反応 (発熱) が進行します。この冷却は機体にとって見ると加熱であり、さらに再結合反応による発熱も壁面加熱の一因となります。
本研究では、こうした壁面加熱を能動的に制御する手法として、壁面から圧力擾乱を付与し、吸熱反応である解離を促進し、発熱反応である再結合反応を抑制することで、壁面加熱の低減を目指しています。
円錐形状模型の壁面に付与した圧力擾乱の伝播
大気圏高高度を極超音速で飛行する旅客機の実現を目指してHIFiREという国際研究開発プロジェクトが進められています。世界中の極超音速風洞で空力加熱試験と数値解析が実施され、模擬飛行試験も行われています。超高速飛行中の機体前方には衝撃波が形成され、飛行条件によっては境界層が剥離または乱流化することもあります。その場合、高温衝撃層内の流体が乱流輸送によって壁面を著しく加熱するため、乱流状態へ遷移する位置を知ることは熱防御対策の根幹を成し極めて重要です。本研究では乱流へ繋がる流体不安定性の原因を、全体安定性解析と呼ばれる手法などを用い、擾乱成長を追跡することで考察しています。
楕円錐模型周りの壁面加熱率分布とマッハ数分布